大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成2年(ネ)3924号 判決 1991年3月28日

控訴人 小川勝雄

被控訴人 小川敬郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、1000万円及びこれに対する平成元年11月24日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二  当事者の主張及び証拠関係

当事者の主張は、当審における主張を次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであり、また、証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人の主張

控訴人の本件請求は、被控訴人が、本件遺言に基づき、遺言執行者として、控訴人のために本件各不動産の所有権移転登記手続をすべき職務上の義務を負っていたにもかかわらず、これを怠ったことにより、控訴人に被らせた損害の賠償を求めるものである。

本件遺言は、本件各不動産を控訴人に遺贈する趣旨であるから、遺言執行者である被控訴人は、控訴人に対して遺贈を原因とする所有権移転登記手続をすべき義務を負っていた。

仮に被控訴人の主張するように、「甲に相続させる」との遺言により甲が単独で相続による所有権移転登記を申請するとこが登記実務上認められているとしても、それは、遺言執行者が選任されていない場合のことであり、遺言執行者が選任されている場合には、遺言執行者が右登記申請手続を行うべきである(民法1013条)。遺言執行者が選任されていれば、その者が登記手続をすると信頼するのが当然であって、被控訴人の登記申請を待っていた控訴人が不利益を受ける理由はなく、控訴人が被った不利益は救済されるべきである。

二  被控訴人の主張

遺言の文言が「甲に相続させる」とある場合には、甲からの相続による登記申請のみが受理されることは、昭和47年7月17日民事甲第1442号法務省民事局長通達以来の確立した登記実務である。

したがって、控訴人は、本件遺言公正証書を添付して、自己を単独所有者とする相続による所有権移転登記の申請をなしうる立場にあったにもかかわらず、これを行わなかったため、他の相続人が法定相続人全員の法定相続分に従った相続による所有権移転登記をしたのであるから、右の結果と被控訴人の行為との間に因果関係はない。

また、法定相続人全員の法定相続分に従った相続による所有権移転登記は、相続開始後いつでも相続人の一人がすることができるのであるから、この点においても、右法定相続人全員の登記と被控訴人の行為との間に因果関係はないというべきである。

理由

一  請求原因1の事実(控訴人及び大野らが政治の子であること)、同2の事実(政治が昭和58年12月20日に公正証書遺言をし、被控訴人を遺言執行者に指定したこと。ただし、遺言の内容は除く。)、同3の事実(政治が昭和62年5月16日死亡したこと)及び同6の事実中、本件各不動産につき昭和62年9月1日控訴人及び大野らを法定相続分に応じた共有者とし、登記原因を相続とする所有権移転登記がされたことは、当事者間に争いがない。

そして、原本の存在とその成立に争いがない甲第1号証によると、本件遺言は、「遺言者は、その所有する左記不動産(本件各不動産)を長男控訴人に相続させる(第1条)。遺言者は、被控訴人を遺言執行者に指定する(第2条)。」という内容であることが認められる。控訴人は、本件遺言は本件各不動産を控訴人に遺贈する趣旨であると主張するが、遺言の文言から当然にそのように解することはできず、相続分の指定又は遺産分割方法の指定とみることもできるものである。

二  ところで、昭和47年4月17日民事甲第1442号法務省民事局長通達によると、「遺産のA不動産を長男甲に相続させる」との遺言公正証書がある場合、相続人甲は、相続開始後、A不動産につき、相続を登記原因とする所有権移転登記をすることができる、とされ、登記実務が同通達に従った取扱いをしていることは、当裁判所に顕著である。「甲に相続させる」との遺言の趣旨はさまざまでありうるけれども、右通達及び登記実務の取扱いは、当該遺言が甲に相続の効果を生じさせる趣旨のものとして登記申請がされた場合に、これを受理することとしたものと解される。したがって、甲が右遺言によってA不動産につき自己のための所有権移転登記をするには、当該遺言公正証書を相続証明書(不動産登記法41条)として添付し、甲単独で相続による所有権移転登記の申請(同法27条)をすれば足りるのであり、これによって目的を達することができる。遺言執行者が選任されている場合でも、遺言執行者と共同で申請する必要がないことは勿論であるし、また、遺言執行者でなければ登記申請ができないとすべき理由もない(甲において右登記申請をすることが遺言執行者との関係で民法1013条により制限されるとは解されない。)。

他方、民法1012条1項は、「遺言執行者は、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。」と定めるが、右規定は、遺言執行者に対して、当該遺言の具体的内容に従いその執行に必要な行為をする権利義務を認めたもので、遺言の執行とみる余地のない事柄についてまで何らかの行為をする権利義務を認めたものではない。

そうすると、本件において、控訴人は、本件遺言に基づき相続を原因とする所有権移転登記を単独で申請することにより、本件各不動産について自己名義の所有権移転登記をすることができたものであり、このことに関する限り、遺言執行者が遺言の執行としてなすべき事柄は何もないということができる。すなわち、右所有権移転登記手続を遺言の執行と認める余地はなく、被控訴人が、遺言執行者の職務として、本件遺言に基づき控訴人に対し右所有権移転登記手続をすべき義務を負っていたと解することはできない。

もとより、被控訴人が控訴人の代理人として右登記申請手続を行うことは可能であるが、それは遺言の執行とは別個の問題であり、遺言執行者の職務として右代理申請をなすべき義務までを当然に負うものとは解されない。控訴人において遺言執行者が登記手続をしてくれることを信頼したからといって、右結論を左右することはできない。

三  なお、遺贈による所有権移転登記については、受遺者と遺言執行者との共同申請によらなければならないが、本件遺言が当然に遺贈と解されるものではないことは前示のとおりであるし、また、控訴人が本件で問題にしているのは、被控訴人が控訴人名義の所有権移転登記をしなかったことそのものであるから、控訴人の単独申請により右所有権移転登記の実行が可能であった本件において、遺贈を前提とする主張は失当というほかない。

四  したがって、被控訴人が遺言執行者として本件遺言に基づき控訴人のために本件各不動産の所有権移転登記手続をすべき職務上の義務を負っていたことを前提とする控訴人の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

よって、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法95条、89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤繁 裁判官 岩井俊 小林正明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例